モルドバ訪問記(主権国家と国境)

なかなか戦いが止まず、フランスやドイツなどのトップがモスクワまで出かけてプーチンさんと停戦等の話をしたウクライナ。そのお隣の小さな国、モルドバ共和国に2月の初めに行ってきました。

モルドバと聞いてすぐに「ここ」と言える方はかなり欧州通、というか東欧通です。つい最近までは旧ソ連の構成国の一つで、ソ連崩壊後の1991年に独立を果たしましたが、中世以来、トルコ、ロシア、ルーマニアなどから占領、領土の割譲などが繰り返されてきた国です。

政府絡みの開発案件調査での仕事でしたが、国境をあちこち接し、且つ内陸国で、どのような感覚で政府や民間が仕事をしているのか、なかなか興味深いものがありました。

現政府は、EU加盟を目指して色々な条約に加盟し、EUとのアクセスを強化しているところです。先日、そのアクセスに対し、ロシアが報復としてモルドバからのリンゴの輸入を禁止したので、このリンゴをモルドバ政府は小学校の児童給食に提供したといったことが話題になっています。

色々インフラ調査などをしていて面白かったのは、まず、電力の話です。国家の基礎インフラとして電力は最も重要なアイテムの一つですが、発電と送電が分離はされているものの、国家としての基本計画も難しく、日本と一緒でエネルギー源は何もなく、水力が僅かにあるようですが、これは修理もせずにそのまま。

これでは電力が不足するはずですが、そこが日本と異なり、お隣のルーマニアから買電でまかなう等、臨機応変というところのようです。また民営、官営これも入り乱れという状況です。

一体これをメリット見るかデメリット見るかですが、日本のように国境が海で囲まれ、他民族がある日突然、境を超えて進入してくるという経験がない日本人としては、かなり感覚が違います。

NHKの大河ドラマの「花燃ゆ」では、長州藩の若者たちが、アメリカ船に乗せろとか、外国からの危機だといって、色々模索をする。僅か百数十年前に日本は近代国家を目指して、米や絹しかない国が日露戦争をして勝ち、結果として日本の近代化を遂げたわけですが、モルドバ人たちにしてみれば、日本は素晴らしい国だとしか見えない。

しかり、彼らにしてみたら、考えている暇もなく、弱肉強食で隣の国から攻められ、あっさりと他国の領土になってしまうという悲劇というより現実があります。これを裏返してみれば、日本は大変恵まれている国と言う事も出来ます。

そうした歴史的遺伝子を加味してこの国を見ると、政府としてはそれなりに一生懸命政治を行っているのですが、欧州の中の最貧国と言われている国で、所詮やれることが限られているといった様子は伺えます。

一方で、民間企業はたくましく、国境をまたいで景気の良いところ、金を持っている国へと手を伸ばしていきます。日本であれば、さしずめ中国や韓国といった隣の国でも、輸出入という感覚で商売をしますが、彼らはあまり国境を考えずに、安く買えるところから仕入れて、売れるところに持って行くという感覚です。国境を越えるための輸送手段や税関手続といった細かい感覚はありません。というよりは、必要がないといった方が正しいと思います。

EUの中で、地中海に面した気候温暖なギリシャやスペイン、ポルトガルといった国は、まじめに働くメンバーからしたらお荷物です。実際に、昨年度、EUの中で一番GNIの成長が著しかったのは、ルーマニアだったようです。

そうした観点からは、EUという組織の中で勝ち抜くためには、まじめに働くしかないというのが現実でしょう。ドイツがリーダシップをとってEUをまとめるのに躍起になっていますが、私の予想では、EUが出来た当初貧乏であった、東欧のポーランド、ルーマニア、ブルガリアなどがいずれ伸びてくると思っています。

特に、民間企業の商売の考え方を見ると、EUの中での労働力の安いところ探しのようなところがあって、モルドバのように小さな国で、元々農業でしか生きられない国の民が何をしているかといえば、国外への出稼ぎで、女性はイタリアやフランスなどの金持ちのところでお手伝いさん家業、男性は安い賃金でこき使われるか、モスクワなど、かつての親方だったロシアに出稼ぎに行くかして、生計を立てているというのが現状です。

そうした中で、政府が何をしているかといえば、ソ連時代は単純に農業だけをやっていろと言われ、かつての農業大臣などのトップたちは疲れ果ててしまい、独立後は農業以外の金融や産業、流通などの新しい分野の人間が出てきているという話でした。

更に面白かったのは、民間企業は政府の傘の下で仕事をするとか、政府と一緒に仕事をするという発想は全くなく、国家のために何かをやるとか、利権を構築するといった発想も全くないということです。

これはある意味当然で、吹けば飛ぶような「国家」という形式に依存するよりも、自分達の生活が第一で、国境をまたいでも、自己責任において生活を構築するという発想です。

勿論、国家としても、世銀や欧州開銀、その他国際機関から積極的に資金や技術援助をもらい、将来のEUメンバーとして生きるために、色々なプロジェクトを実施し、農民などがこれを利用しているのも事実です。

しかし、日本と比較をすれば、やはり主権国家という形そのものが、国民のなかにどれだけ意識があるかと言われれば、多分しょうがないからモルドバ国民であるという程度の感覚で生活をしていると考えても大げさではないような気がします。

哲学を勉強しているという若者がいたので話を聞いてみると、まさに西洋哲学史概論のような勉強をしていて、ギリシャ哲学からスタートし、中性、近代に至るまでの話をしてくれましたが、こちらから、ところで、宗教と哲学の関係はどう関係しているのか?と議論をふっかけると、ギリシャ神話からはじまり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教徒などの話の中で、そもそも一神教はこの世界で一つしか無ければ議論にもならないのかも知れないが、少なくとも3つもあって、俺の神が唯一絶対神だと言われれば、事がまとまるはずがないではないか?という話になり、それでは日本はどんな神様がいるのかと言われたので、日本には八百万もの神がいるという答えに、彼はその中で一番偉い神はいるのか?というので、皆平等、悪い神もいれば、頭の良い神、何もしない神、色々いるが、差別はしない!と言ったら、是非日本に行って勉強してみたいとのこと。

付け加えて、なぜ日本人はこんな遠くのモルドバまで支援しに来てくれるのか?という質問があったので、そもそもあなた方のご先祖さんの宣教師が遅ればせながら日本にやって来た時に、我々日本人のご先祖さんが、俺たちは救われるから良いけれど、俺の死んだじいさんやばあさんはどうなるのだ? すべてを知っている神さんなのになぜ、なぜ来るのが遅くなったのか? 本当は日本があるのを知らなかったのではないか?等という質問をして宣教師を困らせたようだ。しかし、日本人は基本的に性善説で、困った人がいれば助けるというのが当たり前、だからこんな小さな欧州の片隅の国にも、日本の神は目が行き届いているので、我々が使者として支援に来たのだ!と答えました。

えらい説明になりましたが、彼はまじめな顔で、日本の神道の勉強もしてみたいと言っていました。