モルドバ訪問記(農村の生活)

モルドバの首都はキシナウ。車で15分も走れば郊外に出る。そこから国道を離れて更に15分も走れば、典型的な欧州型の丘陵地帯が広がっています。その道路沿いに農村が軒を接して存在します。村と村の間は3~4キロくらいでしょうか。基本的には、人間が歩いて動ける範囲というのはどの世界でも似たようなものです。

これらの村の特徴は、日本の里山とは基本的に異なるところがあります。それは多分燃料の問題に起因していると思います。

日本の里山は基本的に、自給生活が出来るような体制が整っていました。関東でいえば、水は裏山のクヌギ林からたっぷりミネラルを吸い込んだ水が家のそばを通り、ちょっと掘れば、掘り抜き井戸になる自噴型の水が供給されます。

燃料は裏山から切り出した落葉樹の木材を何年かに一度庭まで運んで、薪にして、物置小屋の壁に積み重ねて、乾燥させながら、土釜や風呂に使います。囲炉裏には粗朶やこれらの薪をくべ、場合によっては、炭も自分で焼いていました。

こうして、水とエネルギーという基本的な資源が確保されていたのが日本の里山です。こんな生活がつい先日まで続いていたことは、今の若い方に話をしても信じてもらえないかも知れません。これに僅かな畑と水田があれば、完全な自給自足です。勿論、味噌や醤油も自分で作ります。日本がいかに恵まれているかはこれを知るだけで充分です。

ところが、この東欧の最貧国と言われるモルドバでは、ほとんど明治時代の田舎そのものの生活が現在でも営まれています。基本的に、かつてと異なる物といえば、まがりなりにも、電気は来ています。しかし、どう見ても暖房器具が電化されてはおらず、調理は、なけなしのロシアからの天然ガスが家庭で使われているようです。水は手汲みの井戸が集落に一つだけあって、共用です。トイレは旧式の箱形の合併型浄化槽です。

集落の周りに林や山はなく、農地である畑が延々とあるだけです。典型的な欧州型の集落です。こうした農家が少しでも近代文明の恩恵に浴するためには、結局のところ金が必要です。農業は穀物類が主体で、金になる換金作物などはほとんど無いようです。強いて言えば、ブドウ作りとワイナリーくらいが産業らしい産業として存在するくらいです。

それでは、こんな状態の部落が近代的農村として生まれ変わるには、どんな方法があるのかということですが、多分、自主的な努力だけではまず不可能でしょう。国家なり地方自治体が、何らかのデザインを描き、それに基づいて、村落として発展するための道筋が農民にはっきり見えることが重要です。

しかしながら、前回書きましたように。従来からこの国は外敵に踏みにじられてきた歴史の連続で、国家などという代物が個人的には信用が出来にくい存在であるという誠に不幸な状態にあるというのも事実です。

それでも、なけなしの農作物の廃棄物を使ってペレットを作り、これを燃料にしたりして、地産地消型のエネルギー政策もほんの少し動き出しています。

基本的に、気候や自然に恵まれている地域はどうしても安易になりがちです。今のEU 問題はその典型だと思っています。ギリシャがもう緊縮財政なんてまっぴらだとわめいて政権交代しましたが、財政は破綻。他のまじめな国は、それは許せないと押し問答を繰り返しています。

当たり前の話ですが、その当たり前がなかなか通じなくて、金もないのに遊んで暮らしたい(理想ですね!!)。でも、働くのはしんどいとか、社会の仕組みが悪いとか、文句を言えばきりがない。それぞれに言い分はあって当たり前ですが、その行き着く先は「のたれ死に」状態でしょう。

私はこの欧州の中でも最貧国と位置づけられているモルドバがどのように伸びてゆくのか楽しんで見守っています。特に日本の若者が、どうやって支援をしたら、この国がかつての明治維新のように、米と絹しかなかった時代に、富岡製糸場を国家計画として実行し、欧州の一等国のロシアと戦争してきたような国家計画を描けるのか、岡目八目で見ているところです。逆に日本がいかに恵まれているかも是非気づいてほしいところです。