私に預からせてください

昔、池田勇人という政治家が「貧乏人は麦を食え」という有名な発言をしました。新聞では騒いでいましたが、まだ戦後間もない時期で、飯も十分食べられる時代ではなく、中学生の私などはもっともだと思っていました。

後で知ったのですが、これは予算委員会での質疑で、「経済原則に従って、金持ちは麦の割合を少なく、貧乏な人は少し麦が多くても仕方がない」という趣旨の回答をしたという話です。

人が長年生きていると色々な方に面談する機会があります。また、面談しないまでも、講演会やパーティーなどで、思わぬお偉いさんや普段お会いできない方の話を聞く機会もあります。

そんな中でも、特に「その一言」が人生で結構役に立ったり、啓発されたり、また考えさせられたりします。そんな一言を、これはあくまで私自身が経験したことで、お役に立つかどうかはわかりませんが、書いてみます。

日商の会頭だった永野重雄氏が、マレーシアで行われた「マレーシア・日本経済協議会」でチェアマンを務められたときの話です。今からすでに30年以上前のことですが、当時の貿易のアンバランスについて、マレーシアから日本への輸出量が少なすぎる、ということで数字の議論になり、両国での統計の取り方が異なるとか、あまり建設的ではない話に時間を取られていました。

どうこの場を納めるのかと思って見ていると、永野会頭がやおら発言し、議論の趣旨はわかりました。ただ、ここで議論をしていても時間だけ無駄なので、この件は「私に預からせてください」と発言し、この場を収め、次の議題に移っていきました。

会議の後、食事をご一緒させていただいたので、このことを聞くと、イヤー、経済の話なんて、いつも経済原則に則って、損得の話にしかならない。従って、二国間問題であれ、多国間であれ、所詮は、経済戦争の話なので、お互いにどうしていったらより良くなるのかの議論なら大いにしても意味があるが、数字が大きい小さいだけの議論は時間の無駄なので、単純に預かっただけ、というお話でした。

確かに、政治問題にしても、そう簡単に解決できる問題はなく、むしろ時期が来るまで「預かる」。言い方を変えれば、凍結するという考え方は、紛争の解決には結構重要な要素かと思います。

ただ、このような国際会議で「私に預からせてください」と発言できるためには、年の功や対外的な地位など色々ないと、皆さんは納得してくれないかもしれません。それでもやはりこの方法は、人生の中で色々と役に立つ言葉だと思っています。

そこで、現在大問題のイスラエルとパレスチナ問題にしても、一日とか何時間とかちゃちなことを言わずに、すでに何千年も争っているのだから、ここいらで100年間くらい休戦して、この問題を預からせて国連で議論でもしていたら、そのうち何とかなるのでは?などと考えてしまいます。

個人的な問題も、恨み辛みはあるでしょうが、少し時間軸を伸ばして、神か仏かに預けてみるのもいい知恵かもしれません。下手に裁判所などに問題を預けても、司法という壁の中におられる方々と我々平民の感覚では全く異なりますので、やはりこの世の問題はあの世で解決した方が賢明かもしれません。