知識と経験

今年の正月のTV番組では、若者だけを集めて、日本大転換とか日本の国のかたちとか、日本の抱える問題点を掘り下げる企画が多かったので、特に若い方たちの考え方が聞けて面白かった。

普段仕事をしているときでも、比較的若手や中堅の年齢層の方と話をしていると、知識として知ってはいるものの、実際にそのことについて実務は経験したことがないというケースに時々出会います。頭の中の知識だけで実務をやっていると、とんでもないミスをすることがあるし、特に現場の仕事ともなれば、知識だけでは処理しきれないケースがいっぱい出てきます。

上記のTVでは、若い女性が会社の働き方について、「会社に入るのは良いけれど、その前に、自分がその会社内でどのようなコンセプトで働けるのか等、よくすりあわせた上で会社を選んだ方が良い」などと言った発言がありました。

確かに理想ではあります。しかし、一体どんな会社をイメージされているのか分かりませんが、日本の大手一流企業でも、弊社はあなたの働き方について、あなたのコンセプトにあった働き方をさせてあげます、なんていう会社はあるはずがないと申し上げておきましょう。

多分この方は、実際に自分で入社して働いたことがないか、または働いていたとしても、かなり相手に迷惑をかけて働いていたかよく分かりませんが、とにかく、経験不足の発言としか思えません。

企業というのは、基本的には継続的に利益をあげることを目的としています。勿論、お子さんのいる方や、病気を抱えている人の働き方などは会社として配慮する必要はあります。しかし、基本は社員を有効に活用して、と言えば聞こえは良いのですが、言い方を変えれば、社員をこき使って利益をあげるのが普通です。勿論、社員の方も色々考えて、自分にあった仕事の仕方で対応するわけですが、一人一人性格も考え方も違いますから、中にはまじめすぎて過労で倒れる人もいますし、鬱病になる人もいます。人様々です。

私が言いたいのは、頭で考えたことと実態(現場)は間違いなく異なるということです。ところが、最近はネットなどの発達で、自分の筋肉で経験したことがないことでも、ネットなどの知識だけで、それがあたかも真実のごとくに錯覚して(本人は錯覚しているとは思っていない)事を進めてしまう、或いはそれが普通だと思って、現実とのギャップに面食らい、世の中が悪い、会社が悪い、上司がおかしいという発言になっていると思っています。

結論的に言えば、実体験をしていない、或いは実体験をする機会がほとんど無い、と言っても良いでしょう。一言で言えば、経験不足と言っても良いでしょう。

キヤノン電子の酒巻社長は「メールは手抜きの道具」と断言して、社員に朝9時半までパソコン使用禁止を言い渡したようです。理由は、取引先に直接謝罪しなければならないところを、メールで済ますといったことが平気で行われていたからです。言い換えれば、「人と人が直接会って話をすることがコミュニケーションの原点」といったことが理解されていない、或いは実行されていないということです。結果は、アナログ作戦大成功だったそうです。

仕事は当然として、勉強でも全く同じ事が言えるはずです。若い頃私は、2年間毎日神田で数学ばかりやっていたことがあります。そのやり方は、鉛筆1ダースを毎日朝削り、わら半紙を半分にしたものが作業ノートです。

数学くらい脳だけでやる学問は無いと思っています。物理学や化学は、実験すれば世の中の現象として目に見えますが、数学の方程式をいくらいじり回しても、グラフくらいは描けるかも知れませんが、実態は理解しにくい学問です。それではどう理解するのかというと、「筋肉で理解する」というのです。それは鉛筆の筆圧で色々な方程式の展開を解いているうちに、頭と筋肉が連動して理解できてくるという仕組みです。

あのiPS細胞で有名な京都大学の山中伸弥教授のプレゼンテーションで面白いことを言っていました。山中教授がやろうとしていた関連の論文を集めてすべて勉強するとなると、読み終わった頃には年をとってしまうので、目的をはっきりさせた上で、論文を読むのはやめて、もっぱら実験に専念し、ひたすらハードワークに徹したということです。

これもまさに理屈ではなく、目的ははっきりさせた上で、現場の仕事を体を使って筋肉で勝負した結果がノーベル賞ということになります。

こんな話を社内でしてから、「私は長年生きてきて、歳の分だけ経験が多いので、色々なことを知っているんだと思いますか?」と聞いたら、多分そうだと思いますと言うので、それは違うと答えた。

経験というのは、若い頃に現場で死ぬほどの経験をしていると、それがのちのち色々なケースに遭遇したとき生きてくるということであって、単に歳をとったから経験が多いということでは無いということを説明しておきました。

言い換えれば、経験は出来るだけ若いうちに死ぬほどやっておけということです。それが将来歳をとってからも財産にもなり得るという事です。歳をとってくると、肉体的にも精神的にもなかなか思うようには動かなくなります。それをカバーできるのは、若い頃の実体験です。体や筋肉で覚えたことはそう簡単には消えません。

特に若い方たちに申し上げたいことは、若い頃に安物の知識をいくら詰め込んでもたかが知れています。それよりも、実体験を出来るだけ多く経験しておいた方が、よほどためになるとご承知おき願いたいということです。