物を売るのか、人を売るのか

最近の物売りは会社のOB名簿などで調べて、片っ端からいきなり電話で、「金融商品や保険、不動産などいりませんか? 興味ありませんか?」と聞いてくる。暇なときにはからかい半分で応対するが、あんなコンタクトで商売になるものかと、人ごとながら心配になってしまいます。

物を売るというのは、色々な意味で商売の原点です。黙っていても売れるような差別化された商品なら別ですが、販売競争の激しい世界ではそう簡単ではありません。そんないくつかの経験をご紹介していきます。

  • 工作機械を色で売る

フランスの汎用工作機械を、カタログと価格表、納期表をセットで持ち歩いて売り歩いていた頃、ある機械メーカーの生産技術部長さんに面談した時、「この旋盤は、他社のO社等の製品とどう違うの? 比較した限り、全くスペック(仕様)は変わらないし、価格、納期も似たようなものだし、どこか違いがないと中々難しいんですよねー」と言われ、一瞬たじろいだが、そこは商社マンとしては簡単に引き下がってはいられないので、じっとカタログを見ると、フランスの工作機械は鮮やかな緑色をしていたので、「見て下さい、この色! さすがフランスですね! 日本はマシーン・グレーで灰色ですよ。これからは作業者の目にも優しい緑色が主流になるはずです!!」と言って生産技術部長の顔を見ると、次の瞬間、思わず二人で大笑いして、「参った、参った。工作機械を色で売った人はあんたが初めてだよ!」と言って、何台かまとめて買ってもらったことがあった。それ以来、たびたびお邪魔して可愛がってもらいましたが、これにはもう一つ、セールスマンとして大事な別の話があります。

日本では通常、担当者同士でしたら直接電話などでアポイントを取りますが、生産技術部長ともなるとちゃんと女性秘書がついていて、スケジュール管理をやっています。従って、相手に面談する一つ前に、秘書の関門を通らなければなりません。そのために、そこにお邪魔するときにはいつも銀座の立田野のあんみつをお土産に持って行き、秘書のお嬢さんに渡していたので、生産技術部長さんも私のことを「立田野のお兄さん」と呼んでくれていました。

  • クレーム処理

手土産というのは、最近ではあまり日常的には活用されていないようですが、ごく最近、私の事務所で水漏れがあり、その修理に数日かかったため、仕事に支障があったので、貸主の会社の女性に「一度見に来でください」と言い、事務所で彼女とお話をし、私が「一種のこれは、クレーム処理をあなたはやっているのですが、こちらからすれば、数日仕事にならなかった、言ってみれば、『どうしてくれるんだ!』という話ですよね?」と問いただすと、彼女は「誠に申し訳ありません。ご容赦のほど」ということで終わりになって、「ああそうですか。こちらが我慢するしかないんですね?」と嫌みを言ってから、「お嬢さん、あなたはこんな状況を、仕事柄年中経験されているのと違いますか? あなたのご両親がご健在なら、こんなときどうするのか、一度念のために聞いてみてご覧なさい」と言って、その日は帰って行きました。

次の日に電話があり、「度々申し訳ありませんが、ちょっとだけ、今日そちらにお伺いしもよろしいでしょうか?」と言うので、「どうぞいらして頂いて結構です」と言って電話を切った。さて、彼女は、何をしに来たのでしょうか? クイズ番組ではありません。

ご推察の通り、彼女は両親に昨日の話をして、「両親ならどうする?」と聞いたら、即座に「あなた、謝りに行ったのでしょう? それで手ぶらで行ったの?」と言われたという。ご立派なご両親です。そして、いかにも高そうな名店街の水ようかんをひと箱持って、改めて来てくれたわけです。

私は彼女に「ようかんが食べたくてあんなことを申し上げたわけではなく、あなたが手土産という日本の良い風習があるのに、知らずにこのような仕事をされていたのでは、これからも大変でしょうけど、もしご両親が私と似たような感覚をお持ちだったら良いと思って、あんな遠回しのことを言ったのです」という説明を加え、有り難く同僚と水ようかんを頂きました。

手土産など、お金にすれば500円か1,000円の世界です。それも大変という世の中かもしれませんが、自分の昼飯代一回分で世の中がぎすぎすせずに、スムースに片づくなら安いものです。文化とか風習も時にはクッションになりますので、古いと言わずに新入生の方もお試しになってみてはいかがでしょう。