セルビアの名門都市・ニシュ市長の悩み

今から10年以上前に、日本政府代表として、旧ユーゴスラビアの各都市を訪問したときの話です。セルビア共和国のNis(ニシュ)市を2001年7月に訪問、1999年にNATOがクロアチアを支持して、セルビアを空爆した跡も生々しい時期に、そこの市長Mr. Goran Ciricさんから詳しい話を聞く機会を得た。

市長によれば、Nisはバルカン半島の中心、東にブルガリアのソフィア、そこを経由してトルコから中近東へ、西にベオグラード、そこを経由して欧州へ、南にスコピエ(マケドニアの首都)、その先ギリシャへとつながり、北にルーマニア国境と、古くからの交通の要所であり、連邦政府、共和国政府の方針に基づいてソフィア、スコピエへの道路整備、現在爆撃で使えていないNisの空港インフラ整備を行うことになっている、などと話を始めた。

歴史を調べてみると、通路の要衝であるという事は、発展の可能性は多いと同時に、敵からは攻めやすいということにもなる。事実ここは紀元前から、現代に至るまで、東西南北からさんざんいじめられ、ローマ帝国に征服され、中世では十字軍に包囲され、15世紀にはオスマン帝国に支配された。19世紀後半にやっと近代化への発展が始まるが、第二次大戦ではドイツに支配され、現代に至っても、1999年5月にはNATOによる爆撃を受けるなど、我々日本人から見れば、常に何らかの形で何千年もの間戦闘状態にさらされてきた都市ということになる。

今回はこの地域の歴史は本題ではなく、このような地域で市長がどうマネージをし、どんな悩みを持っているのかを知るのが本題ですので、彼の計画を聞いてみると…

日本のミッションが初めてNisを訪問したのを機会に交流が始まれば幸いである。当市は問題を3つ抱えている。

  1. 都市基盤:上水、ゴミ、熱電供給の安定化(採算の取れるものにするのが目的)
    • 市場原理:料金の引き上げ時の低収入家庭の問題
    • 社会問題:人口30万人(Nis市)そのうち4万5千人が失業者、2万人の避難民がいる。市場原理に基づいた動きが出来ず、社会保障をしてきた事実がある。
  2. 制度改革問題:地方自治体が政治経済の地方分権化
    • ユーゴの解体がさらに進むという心配がある。(インタビュー後、実際に解体されそれぞれが独立)
  3. 地方分権のため、都市間の協力、欧州都市との協力
    • 経済復興の前提は政治の安定が重要。スコピエ、ソフィアが近く、逆にこれが投資に不利になるケースもあり、国境を越えた開発が出来ればと考えている。
  4. 経済の振興
    • 地域のポテンシャルの再検討:戦略的開発委員会を作った。役所、NGO、学者、地域代表者等で組織し、地域の発展を考えている。
    • 知識・高度労働力:大学都市(研究機関)の活性化が必要。共和国、科学技術者と協力し、科学技術センターの設立をすることとし、ハイテク産業を招致することを期待している。

ここまで一気に計画案などを話し終わったので、「この地域の政治的トラブルもやっと解消しつつあり、ベルギーのブラッセルで、前年にこの地域への支援政策の枠組みなどがまとまったので、これから具体的にどうするのか?」という質問をした。

そこで、よくぞ聞いてくれた、実は大問題があって、今回の支援策は主としてEUが主体だが、世銀や国連他の国際機関も参加している。そこで彼らは、発展途上国の開発が進まないのは、地方分権化を進めていないのが原因であるという方程式を画一的に押しつけていた時代があった。それで開発支援を受けるためには「地方分権化」を直ちに実施し、その上での支援であるというお達しが、中央政府から来たので、上述のような地方自治体が責任を持って進めるべき仕事は勿論、本来政府がやるべき仕事もすべて、地方自治体ですぐにやれ!という話になっているという。ずいぶん無茶な話を押しつけるものだと思っていたが、無茶なのは、分権化の話だけではなく、その話には、国家からの予算は一切ついてこないのだという。

私の担当はODAということになっていたので、とにかく金が必要なのは単純にわかるし、日本政府としては、ODAという支援の仕組みがあり、円借款や無償、技術協力などのメニューがあるので、日本大使館経由でも、我々民間でも、積極的に利用して、予算確保の手段とされてはいかがという紹介をしておいた。

帰国後すぐに、そんな馬鹿な押しつけが今時まかり通っているのか調べてみると、インドネシアでも似たような話があって、インドネシア国家電力公社(PLN)でも、地方の送電は地方でやれということで、現場はすっかり混乱し、何も仕事が進まずに困惑していた事があったようです。

そのあとすぐ、2001年9月半ばに、ブラッセルにEUが作った南欧を支援するための「Stability Pact」という組織があり、その責任者の確かホンバッハというドイツ政府から派遣された方が来たので、EUの事務所と帝国ホテルで二度面談し、今後の南欧に対する、「Stability Pact」の支援内容を聞くとともに、日本のODAのメニューについて説明した。その際、彼からは、日本のODAはEUの資金に比べると、支援のメニューが豊富のようなので、積極的に活用したいと言っていた。

その後再度現地に出張した際に、現場で「Stability Pact」の事を聞くと、どうも評判があまり芳しくなく、理由は、上記のような条件付きの話が多く、いかにも上から目線の援助の話が多いという。

本当のところは分かりませんが、Nisの市長さんが言っていることが事実だとすれば、援助する側は、日本も含めて、本当に現地のニーズが何で、金や物や人がどのくらいいるのかという本質的な話をしないことには、何時までも現地は、浮かび上がれないのではないかと心配です。

余談ですが、Nis市は、コンスタンティノープルを創建した最初のキリスト教徒のローマ皇帝コンスタンティヌス1世の生誕地として有名で、コンスタンティヌス3世やユスティヌス1世の生誕地でもあります。最近では日本のサッカーの監督をやった、ストイコビッチの出身地でもあります。

あれから既に10年以上もたち、市長さん初め市民の皆さんは元気にしているのでしょうか? 政治の安定がまずは庶民にとっては一番大切なことです。

次回は同じ国の、鉱山会社の城下町の生き様をご紹介します。