言語明瞭、意味不明瞭

日本語で会話をしていても、無意識のうちに英単語が入って来てしまう時代になった。気をつけて日本語にするようにはしているが、海外と仕事をしている会社や仲間と気兼ねないやりとりでは、ついつい業界特有の英単語を使ってしまう。そして、そんな業界用語をうっかり一般の人にも使ってしまい、失敗するケースもある。そんな英語にまつわるエピソードを紹介したい。

  • まじめなサラリーマン

商社の海外通信手段はいろいろな歴史を経て変わってきているが、テレックス(TLX)の時代がかなり長かった。細長いテープに横並びの穴が空いていて、横一並びの組み合わせが数字やアルファベット一文字に対応する、というのが基本的な仕組みだ。

相手につながってから切るまでの時間内に、どれだけタイプできるかに勝負がかかってくる。長い文章だと、あらかじめテープを起こし、それをセットし、相手を呼びだして、「GA」(Go Ahead=それいけ)と打てば送信が始まる。しかし、短い文章やちょっとした連絡程度だと、面倒なのでいきなり相手を呼び出し、それから通信文をタイプする。

TLXでは通常英語を使うが、もちろんローマ字で日本語を打ってもよい。相手にはそのまま届くので、ローマ字で打つと読む方がかなりしんどい。そのため、ローマ字で届いたTLXの行間に日本語で文章を書くことが、アシスタントの女性の朝一の仕事だった時代がある。

当時、打っている途中にちょっとした英単語が思い出せず、辞書を引いている時間がもったいなかったので、そこだけローマ字にして送ってしまったことがある。たしか、ビザ取りか何かの話だったと記憶しているが、先方が大変まじめな人で、折り返し「あなたの打ってきた文章で、辞書を引いたがどうしても意味不明な単語があるので、何の意味か教えて欲しい」と言ってきた。その文章とは、「Do it with your situkobility」というものだった。

賢い読者はお分かりだと思うが、「それをしつこくやってよ」という意味だった。しかし、世の中、こういうまじめな人ばかりではないので、ご心配なく!

別の仕事で、世界中に同じ文章を流した際、相手の名前を一字打ち間違えたために、後でかなり「あれは意図的だ!!」と言われたことがある。やはり、相手の名前くらいはしっかり確かめた方がいい。「Attention Mr. Tohma」と打つべきところ、「Attention Mr.Tonma」と打ってしまったのだ。

  • 短期海外留学乙女

最近は簡単に、アメリカやカナダ、オーストラリアなど、英語圏に短期留学する人が多い。こうして英語を身につけ、帰国した人の中に、日本語の日常会話は全く問題ないのだが、文章を書かせるとかなりひどい人がいる。

私はその方面の専門家ではないのでよくはわからないが、少なくとも日本語は話し言葉と書き言葉がかなり異なる。そこを中途半端にして英語をしゃべりに外国に行き、何となく通じるので日本語もできると勘違いして帰国し、就職するのだ。

日本企業での仕事は、基本は日本語である。乳幼児のころから英語だけで育ったというのなら、顔が日本人でも中身は英語人だと思えばよい。だが、上記のケースは何とも使い難い。

こんなケースもあった。英語もよくおできになる、割合にシャイなお嬢さん。日本語でしゃべる時には、何となく煮え切らないような話し方をする。しかし、英語だと理路整然、明快な会話をする。英語は表現の仕方が割合に単純かつ明確なので、日本語では必須の修飾語や敬語といった余計なことを考えず、話が組み立てられるということなのかも知れない。

「英語が話せます」、あるいは「留学してきました」という人に仕事を任せる際は、まず日本語力をよく確かめてからにした方がいいだろう。

余談を一つ。ある世話好きのご婦人が、お見合いの仲立ちをされたときの話。あるお嬢さんの釣書を見て、「あなた、カナダ留学なんて書いちゃ駄目よ。いくら写真でOKでも、この一行で駄目になるから!」と言った。

留学経験なんて嫁入りの邪魔になりこそすれ、道具にはならないそうだ。私は中身がよければそれでいいと思うのだが、こうして形式から入るのは、いかにも日本的なのかもしれない。