仕事の仕方あれこれ(英語の教育と実践)

英語が必須の時代なので、小さいときから英語の勉強をさせようという方が多いようですし、小学校でも文科省までよってたかって英語の授業を始めています。しかし、ちょっと待って下さい。乳児幼児や小学生時代に英語をやって、本当に将来、苦もなく英語が出来るようになるのでしょうか?

私自身の経験はもとより、実際に社会に出てからの英語、あるいは外国語を使う仕事に携わって色々なケースに遭遇したことを考えれば、どう見ても方向としてはお勧めしたいとは思いません。

ローマ字くらいは読めるようにするために、英語のアルファベットを教えるとか、「こんにちは、さようなら」程度の日常会話を、英語を母国語とする国では、赤ん坊でも話をしているのですという、言わば文化的な視点からやっておく程度なら話は別です。

私の経験をお話ししますと、話は戦時中から始まります。第二次大戦中、ルーマニアは日本側についていて、日本にもルーマニアの外交官が駐在していました。私の疎開先の鶴川村には、厚木方面に行く道路が通っていて、あるとき、ルーマニアの国旗を立てた軍関係の車が止まって、上海帰りの、英語が出来る私の叔母が、道を聞かれたことがありました。叔母は多分?流暢な英語で説明をして、ルーマニアのおじさんがにっこり笑って、厚木方面に立ち去ったのが、私が英語を聞いた初めての体験でした。

しばらくして終戦となり、私の母が通っていた関係で、府立第三女子高等学校(現在の駒場高校)に姉が通うようになり、そこで初めて、ガリ版刷りの絵入り英単語帳を見せられ、YachtとかBicycleといった日常単語を面白半分に、全部覚えてしまいました。それが自分の英語の始まりです。

東京の小学校に疎開から戻り、親が何を思ったか(私の意志ではありません)、近くの千駄ヶ谷駅前に今でもある、津田英語塾の小学校高学年クラスに一年だけ通ったことがあります。

すぐ後に、東京高等学校尋常科に入学してからは、「Jack & Betty」という英語の教科書を初めとして、中高6年間、英語は形式的にやりましたが、さっぱり受験勉強にも実用にもなった記憶はありませんでした。

ただ英語で興味を持ったのは、東大の若い助教授が、英米文学の詩に熱心な先生で、我々若い少年に、ワズワースの詩やエドガー・アラン・ポーの「アナベルリー」という詩をプリントにして読んでくれました。そうした中身には興味は持ち、今でも暗記しています。

更に、中学3年生で、復員してきた東大の教授の就職口のために、若い我々を対象として、外国語の講座が自由選択で提供され、私はフランス語を選択。仲間は全部辞めてしまい、私1人4年間、個人教授をしてもらった経験があります。

結果、受験もフランス語でやり、大成功! 大学時代もフランス語のアルバイトで大稼ぎさせてもらいました。しかし、英語の先生からは、英語もろくに出来ないのにフランス語などをやっても意味がないというような言葉を頂戴したので、意地でもやってやろうと思いました。

一方で、漢文の先生(TVキャスターの森本毅郎さんの父上です)はフランス語をやるなら、政治、経済、ファッション、文化、芸術とフランスに関することはすべて興味を持って知識にしておくと絶対役に立つはずだよ、と言われ、その通りに実践して、後になって、立派な先生だったと思っています。

要は言葉なんて、本人が興味を持てるようなものが何か見つかれば、その方向で何とかなるのであって、先生の質と子供の興味感覚とがどうマッチングするかだと思います。そういう意味で、どんな教科でもそうですが、生徒が興味を持つような中身の濃い授業が出来るかどうか、結局は先生の質によって、子供の興味も大分違うことになると思います。

現在は母国語を話す先生が駅前留学の会話教室などで教えていますが、意地悪な私は、息子がちょっとした英語塾に通うために、窓口で話をしていたときに、先生の履歴書を見せて下さいといったら、お見せできませんと言う。こちらは授業料を払うのだから、どんな先生が教えるのか知る権利があるのではと食い下がりましたが、最終的には見せられるほどの履歴書では無いということで終わりになりましたが、それはそれで、質の中身は別として、外人さんと話すだけでも、バリアーが取れて良いのかも知れません。

会社に入ったあとも、ろくに英語はやっていないので苦労はしましたが、すべてOJT(On-the- Job Training)で済ませました。特にラオスで、米国大使館やカナダのコンサルタントなどとの実践英語は役に立ちました。後は華僑の独特の東南アジア英語や、印僑のベランメーインド英語など、相手によって使い分けられる?!ほどつきあいました。

友人の1人は米国留学組で、その後マレーシアに赴任した時に、さっぱり現地の英語が聞き取れないばかりか、マレー人にお前は英語がへたくそだと言われてショックを受けていました。またもう1人は、ハーバードのビジネススクールに通っていたときに、毎日山ほどの本を読まされ、次の日の授業に備えなければならないので、とてもしんどいと言っていました。

要はちゃんとした本をしっかり読むということは、日本語でも勿論、英語でも絶対条件だと思いました。そうした苦労がどこかで役立つはずで、気軽に海外に行ける今日、海外英語短期留学をして、私英語が出来ますという若者も増えていますが、そういう人に限って日本語がひどいとか、表向きの会話は出来ても、文章を書かせたら、めちゃくちゃというケースが私の経験では多かったです。要は英語の問題ではなく、日本語のベースが無いのだと思います。

以上は私の経験からの話ですが、現代は我々の時代と異なり、色々なツールも豊富ですので、英語やその他の外国語を学ぶのにも、よほど恵まれているので、少なくとも英語は当然として、それ以外のアジア系の言葉でも、あるいはフランス語やスペイン語でも何でも良いのですが、違う言葉を持っていると、入ってくる情報も英語だけよりも幅が広がり、サラリーマン新入生にとって必ず価値が出てくると思います。それに、この種の勉強は一生続けて意味があるので、これで終わりということはありません。

問題はこれで終わりではありません。英語はあくまで、普通の日本人にとっては外国語です。ベースである日本語がしっかりしていなければ、外国語もおぼつかないでしょう。しかも、大変なことは、日本語自体が、漢字、漢文、それに現代文といった、歴史的に見て、色々なことを学んでおかないと、深い理解が得られないというやっかいな言葉です。

現在は国語の時間に漢文などがあるのかどうか知りませんが、どう見ても、やっている気配はありません。自分の知性と教養としてやるしかありません。そのためには、こくのある本をしっかり読むことも必要でしょうが、パソコンやネットの時代で、活字をろくに読まないというのでは、それもおぼつかないということになります。

逆に考えれば、そうした時代だからこそ、仲間たちと逆のことをやってみたら、結構いけるのかも知れませんよ。最近は経営陣がパソコンやスマホが通常のサラリーマンの仕事にマイナス効果が大きいということで、業務改善に乗り出している会社も出てきました。

何を信じるかは、サラリーマン新人であるあなた方の判断ですが、何千年、何百年やってきた事が、ここに来て急に道具が変わりましたと言っても、本質が変わったわけでは無いということを、良く分析してみてください。

次回は日本語について書きます。